あずこの独り言

日常の呟きとぼやきと落書き

続き

いい子を演じてきた私は母の拠り所になっていた。

自分の非を認めない人だからなんとか自分の味方につけようと確証のない事を言ってくるのはうっとおしかった。

 

今回に至るまで長い長い歴史がある。

最近の事だけまとめると、父が死んで1人になった母は自由の身が嬉しかったが同時に歳をとって行けばだんだん体の不安は出てくる。

父は認知症だったのだけど、自分も認知症になったらどうしようという不安はいつもある。

足元も歳と共におぼつかなくなり近くのスーパーへ行くのも億劫だしかかりつけ医へ便秘の薬を貰いに行けなくなって自分の母親(私の祖母)が便秘の薬を貰いにいけなくなって酷い便秘から大腸癌になり死んでしまったように自分も大腸癌になったら困る。そういう不安はあるみたいだ。それでこれはつい口から溢れた本音だけど「あんたが(私)もしものことがあったらわたしはもう、生きて行けない。足がなければどこへもいけないのよ!」

私は足なんだ。

 

仕事を辞めて母に付きっきりになって3年。

ずっといると腹の立つことが余計に目立つし

しょっちゅう言い争いをしてきた。怒って帰れば攻撃の電話の嵐。

いつも私が折れる。

老い先短い親になんて事しているんだ!って反省してしまう。

 

でも最近は我慢に我慢を重ねた結果私の体に変化が出てきた。

 

半年以上下痢に悩まされている。

内視鏡検査も異常なし。ストレスからと診断された。体調不良を理由に母に会いいくのをやめれば、妄想した攻撃の電話の嵐となる。

なので体調が悪く死にそうでも必ず行く。また最近は夜を母と過ごしていたのでほとんど寝ている状態でも、母には構わないらしい。

 

そして1週間前、下痢も食中毒みたいな酷い下痢で歩行困難になり、しばらく行けないと伝えたのが逆鱗に触れたようだった。

その日は夜9時から朝4時半まで電話攻撃。

前から妄想癖はひどかったけどこの日は本当に呆れた。

私が他の男と浮気をする為に母と夜を過ごすことにした母を利用しているだの言い出した。

呆れるし、そんなふうに私を見ていたかと思う失望感

毎日のように昼と夜を一緒に過ごしてきたのに体調不良はほんの2〜3日の事なのに。

 

私は母にとって絶対的な存在。

反抗もできないしただ、したがうだけ。

そんな母を避けるようなことをすれば攻撃される。年寄りだけど口が達者。

マンションの管理人(中年男性)を泣かせてしまうぐらいだから怖いと思う。

この勢いでストーカーのように電話してきたのだから今でも他の人の電話が鳴ると体がビクッと反応する。

 

包括支援センターの人は2日間無視しなさいと言ったけど本当にいいのだろうか?

虐待にならないのだろうか…?